未来のスーパースターを発掘・育成する事業は2000年代に入ってから、急激に各国で取り組まれています。
国を挙げて、膨大な予算が組まれてタレントを発掘するのですから、発掘された選手に求められることは完全に結果です。オリンピックのメダリストを養成するため行われているので、タレント発掘の目的はメダルの獲得です。
ここにタレント発掘の一番の難しさがあります。
子供の育成に関わる人間にとって必要な視点は、子供の人間としての成長です。
健康で逞しい人間に育ち、社会に貢献できる人間を育てることが必要です。
しかしながら、タレント発掘事業で求められることは、目に見える結果です。
タレント発掘
タレント発掘事業が有名になっていたのは、2000年のシドニー五輪でのオーストラリアの活躍です。オーストラリアは国中を挙げて、育成システムを整備させ、膨大な予算を投資して結果を残しました。
それに、拍車をかけたのが2012年のロンドン五輪の英国の活躍です。特に、タレント発掘が注目を浴びたのが、ボート競技で金メダルを獲得したヘレン・グローバー選手です。2008年からボート競技を初めて、わずか4年で金メダルを獲得したことで、タレント発掘を上手くすれば短期間で金メダルを取れるという道筋を作りました。
これを各国が真似をして、世界的に取り組まれているというのが私が理解している背景です。
実はほとんど上手くいっていない・・
成功例にスポットが当たっていますが、実際のところタレント発掘はほとんどが失敗に終わっています。
原因は色々と考えられているのですが・・
タレントの発掘は幼少期行いますが、幼少期の能力から成人期の能力を推定することが非常に難しいことが挙げられます。
成功モデルを確立していくためには、成功例のデータを沢山集めて、統計的に処理していくことが必要ですが、そもそもオリンピックのメダリスト自体が母数が少ないので、データを蓄積することができません。
また、研究のデータは横断的なので長期的に継続してデータを集めている研究がほとんど存在しないため、どの時期にどの程度の能力があれば一流になれるのか、個々のケースを元に考えるしかないのが現状です。
多くの競技には、単純な能力だけでは、パフォーマンスを推定することができません。例えば、プロサッカー選手になれる子どもを予測しようとしても、テクニックが重要なのか、心肺機能が必要か、筋力が必要か、状況判断が優れているのか、必要な要素がありすぎて特定できません。
私たちが一般的に重要だと考えているものが、将来的に有効かどうかはわかりません。
例えば、サッカーやラグビーなどの競技においては幼少期の段階では身体のサイズや成熟度が早い方が、トレセンなどに選抜されやすい傾向があります。早生まれの子どもが、アンダー世代の代表になりやすいことはよく知られている話です。
しかしながら・・・
時代によって変化する能力
また、競技によって求められる能力が変化することも予測が難しい要因の一つです。
実際に、カヌー競技などでも昔は男子に500mのシングルの競技がありましたが、現在では200mと1000mの競技に変更されています。
取り組む距離が変わると、無酸素性か有酸素性か、求められる能力が変ってしまいます。
このように、時代によって求められる能力が変化し、使う道具や実施されるルールが変更になるなど、発掘する側に求められる知識が変化してきます。
発掘側(指導者・関係者)の知識が古い
時代に合わせて将来の能力やパーソナリティを理解した上で、選考基準や方法を考えていかなければいけませんが、現場で実際に起こっているのは昔の実績のある権力者の判断で選考が行われている現実です。
これは、どこの国でも起こっている現象です。
過去の成功が未来の成功を約束することはありません。
実際に、長期的に複数の選手を成功に導く指導者は常に情報をアップデートして、綿密な計画のもとにトレーニングプランを作り上げます。
羽生結弦選手やキム・ヨナ選手を金メダルに導いたブライアン・オーサーコーチやラグビーで日本やイングランドの快進撃を導いたエディ・ジョーンズコーチの書籍を読めば、その膨大な知識量と完全な計画の凄さに驚きます。
タレント発掘に必要なこと・・
タレント発掘に必要な要素を明確にすることは非常に難しいのですが、
まずは、各競技団体がどういうタレントを求めるのかという明確な哲学(ビジョン)とタレントとして必要なパフォーマンスモデル(競技に必要な要素)を作れるかどうかにかかっています。
また、タレント発掘をして育成するためには、スキル開発に必要なことについても整理しておくことが大切です。
発掘した後の育成システムや環境が整っていない限り、長期的な成功はありえません。
タレント発掘に必要な〝発達の知識〟
タレントの発掘・育成に必要な知識として、生物学的な発達だけでなく、心理・社会的な発達も含んだ総合的な知識が必要です。長期的な育成を考えるのであれば、成長期に起こりうる発達に伴う問題を考慮して、育成プロセスを描く必要があります。
才能の発掘よりも指導者の発掘が先
子どもの才能発掘よりも先に行う必要があるのが、指導者や選手を支えるチームの発掘・育成です。有能なコーチや将来性のあるコーチに対して、効果的な教育や訓練、報酬を与える必要性が説かれています。
根本的な問題は何か?
タレント発掘の最先端モデル
タレント発掘に関しても、様々なモデルが提唱されていますが、最近言われているモデルの一つとして、動的ネットワークモデルが典型的な個々の発達パターンを予測することが示されています。
このモデルは、有名なアスリート(ロジャーフェデラー、セリーナウィリアムズ、リオネル・メッシ)などの成果の予測から検証されています。
簡単に言うと、これまでの予測モデルでは身体的な能力を中心に組み立てられていたものを、競技に関連する能力に加えて、コーチや親のサポート、練習内容、目標に対するコミットメント、人間関係など複数の要因を調べ、それらの相互作用も含めて予測しようとするモデルです。
得られるデータの数が多いほど、一般的には予測の精度を高めることができます。
下の図がテニスの一流選手のモデルを図示したものです。
このモデルを作り上げるためには、その競技に必要な要素を選定する膨大な知識と経験、発想力が必要です。
精度の高いモデルを構築することができれば、タレント発掘において貴重な資料となることは間違いありません。
タレント発掘に必要なのは、選手を取り巻く最強のチームを組織すること
ビジネスの世界では、これは
「意図的に発達した組織(Deliberately Developmental Organisation)」
の概念で呼ばれています。
タレント発掘における組織に特徴的な要因(高品質のスタッフ、専門家によるサポートサービス、質の高い設備、学習ルーチンなど)を展開することで、スポーツパフォーマンスへの関心を失うことなく、選手へのプラスの影響を確実に保証し、予測可能なマイナスの結果を最小限に抑えることができます。
1. Coutinho, P., I. Mesquita, and A.M. Fonseca, Talent development in sport: A critical review of pathways to expert performance. International Journal of Sports Science & Coaching, 2016. 11(2): p. 279-293.
2. Den Hartigh, R.J.R., Y. Hill, and P.L.C. Van Geert, The Development of Talent in Sports: A Dynamic Network Approach. Complexity, 2018. 2018: p. 1-13.
3. Johnston, K. and J. Baker, Waste Reduction Strategies: Factors Affecting Talent Wastage and the Efficacy of Talent Selection in Sport. Front Psychol, 2019. 10: p. 2925.
4. Rongen, F., et al., Are youth sport talent identification and development systems necessary and healthy? Sports Medicine – Open, 2018. 4(1).
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