ヒトの運動能力の多様性
前回、ヒトが進化することによって獲得した機能と失った機能について解説しました。
ヒトは進化の過程において、様々な動き・運動をすることができるようになりました。これは、あらゆる動物の機能の部分的な利点を拡張させるように進化していったと考えることができます。
ヒトの優れた能力は、持ちうる構造を機能的に発展させることができる点です。
個々の運動能力については、動物には勝てませんが、多様な運動能力の観点から考えるとヒトより優れている動物を見つけることはできません。
例えば、泳ぐ能力だけをみれば、魚類やイルカ、クジラなどの哺乳類に勝てませんし、走るだけであれば馬やチーターなどの四足動物に勝てません。ジャンプ動作などを見ても、強靭な脚のアキレス腱を有するカンガルーには足元にも及びません。
しかしながら、走れて、泳げて、跳べる動物はヒト以外に存在しないのです。
構造を応用するヒトの能力
限られた構造の中で、ヒトの運動は成り立っています。
一般的な動物においては、構造は特定の機能を果たすためだけに進化しています。
例えば、馬や犬などの四足動物に上腕二頭筋という筋肉が存在します。これはヒトの腕にもあります。
馬の上腕二頭筋は前脚の体幹に近い部分の前面に位置しており、前脚を屈曲・伸展する動きをコントロールしており、走行する際に重要な働きをしています。
つまり、馬の上腕二頭筋は歩く・走るといった動作に特化した筋肉です。
一方で、ヒトの上腕二頭筋の役割を考えてみます。
解剖学的には、ヒトの二頭筋も肩の前面に位置しており、腕(馬での前脚)を曲げたり、手を挙げたりする時に働きます。
特に、肘を曲げる時に強く働き、ダンベルなどを持ち上げる時に力こぶができる筋肉としてみることできます。
動きの多様性が筋肉にストレスをかける
実際には、ヒトは腕の曲げ伸ばし(屈曲ー伸展)だけでなく、投球動作などでは腕の骨を捻るような動きをしています。
この動きは、他の動物では観察されません。
腕を横に挙げたり、腕を後方に引いたりすると同時に、捻る力を利用してボールを投げたりしているわけです。
この動きに対して、上腕二頭筋の動きを観察すると、肩の関節を安定させて腕の動きをサポートしているのですが、その代償として筋肉や腱が捻れのストレスを受けてしまうわけです。
チンパンジーやサルなどと比較しても、肩甲骨の形状や体幹の回旋の動きもヒト特有に進化しており、投球動作における筋肉や腱の負担は進化の過程で生じたものであると考えることができるのです。
実際に、これが投球動作や上肢をよく使う競技で生じる肩関節のスポーツ傷害の根本的な要因とも考えられます。
腱板の損傷(炎症)や上腕二頭筋腱の炎症やSLAP損傷などのスポーツ障害は進化の過程とも無関係ではいられません。
動物から進化して形跡を辿ることで、構造的な問題はどこにあるのかを把握し、構造的な問題を補う機能を獲得するために必要な要素を考えていくことが重要です。
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