どんな画期的な医療に関するイノベーションにおいても、医学的根拠の確からしさとその治療が実際に普及するかどうかは別の問題です。
こうした現象はスポーツの世界にもみられ、特に予防的な介入に対する取り組みは広まっているとは言い難い現状です。
医療イノベーションが普及しない原因について、示唆に富む論文がありますので、この論文を基に考えてみたいと思います。
Ferlie E, et al: The nonspread of innovations: The mediating role of professionals . Academy of Management Journal, 48(1):117-134.
今回、紹介する論文は、
「なぜ、効果が認められているイノベーションが普及しないか」に関する研究です。
この研究は、人に影響を及ぼす医療に関するイノベーションを対象にしています。先進国の医療では、「根拠のある医療」が求められているのですが、実際の医療現場では、効果があると実証されているイノベーションでも必ずしもスムーズに普及しません。
イノベーションを妨げている要因について検討した結果、以下の3つが影響を与えること突き止めました。
- イノベーションの根拠の確からしさ
- 実施に努めようとする組織の複雑さ
- 実施に関わる複数の専門職共同体の関係
専門職間の壁
根拠のあるものが広がらない大きな原因は、
組織の複雑さと専門職間の関係性にあります。
いろいろな要因の中でも
社会的・認知的境界の有無が大きく影響しているとされています。
社会的・認知的境界の有無というのは、つまり、関わる人達がその治療についてどのように捉えているかという問題です。
簡単に言うと、一部の専門家が正しいと思っていても
普及に重要な役割を果たす人たちに理解されないと普及しない
という当たり前の現実です。
障害予防を例に考える・・
医療イノベーションを、障害予防を例に考えてみます。
障害予防のトレーニングが普及していない要因について、
専門職間の関係性に焦点を当ててみます。
例えば、医療(病院)において障害予防トレーニングを普及させようとすると、この分野で一番最先端の情報を持っているのは理学療法士です。
しかし、理学療法士が最先端の障害予防を広めようとする際に、医師の理解が不可欠です。また、間に入っている看護師や臨床検査技師などの他の専門職がどの程度理解しているによって、医療全体の普及率は変わってきます。
日本の理学療法は、医師の処方のもとでしか実施できないので、医師と理学療法士がまずは連携しなければ普及は進まないのです。
一方で、学校の部活動での障害予防をみてみます。
ここでは、学校教員(=部活動の顧問)が他の専門職にあたります。学校教員が、トレーナーや理学療法士が持ってくる最先端の障害予防の知識を理解して、部活動の中に取り組めるかどうかが重要です。
日本の学校教員というのは、部活動以外の業務が多忙で情報をアップデートする時間が少ないのが実状です。
実際に、学校教員の障害予防の取り組みは多くの場合、
ストレッチが中心です。
この知識は、おそらく30年くらいアップデートされていません。
なぜ、情報がアップデートされないのか?
情報がアップデートされない理由は2つで
1.業務が多忙で情報を処理する時間がない
2.コミュニティが狭い
ヒトは、脳の機能から情報が処理できる量が決まっています。
現代のインターネット社会では、情報が流通している送料は指数関数的に増加しているのですが、得られる情報量が多い割に処理できる量は多くありません。
この現象は、意外に顕著で、例えばネットサーフィンをしていても自分が普段みるサイトやアプリは限定されていて、YahooニュースやSmartNewsの記事を眺めたり、FacebookやInstagramで流れている情報を処理する程度で、実は積極的に情報を処理しようとするヒトは少ないのです。
専門家とは誰か?
自分で情報を処理して、考える時間がない教員は何をするかというと、専門家に聞いて情報処理の負担を軽減します。
しかし、ここで問題なのが、教員の中の専門家は
専門家=自分の知り合いの中の詳しそうな人
であるということです。これは教員に限ったことではありません。
そもそも、専門家の定義から違うので、その道に詳しい人が障害予防の医学的根拠について詳しいかどうかは別の問題です。
障害予防が普及しない原因は・・
・障害予防の現場に立つ指導者の知識がアップデートされないこと
・サポートすべき障害予防の専門家が、医学的根拠を備えた本当の専門家とは限らないこと
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